こんにちは、伊東です。
洋菓子店を経営し、10年、会社では11期たちました。
今回は、「開業時は月収10万円すらでなかったよ」という【実話】です。
思い出すだけでも結構つらいですが、本当につらい時に人の真価
というのは問われるものだと思います。
出来るだけ、「リアル」に書いてみました。
いや~~辛かった😁
ケーキ屋さん開業!
2009年1月15日、奥さん(シェフ)の夢であった
ケーキ屋さんの開業をしました。
「どんな商品だそうかな♪」
「どんな雰囲気のお店にしようかな♪」
「ショーケースにはどういう風にケーキ並べようかな♪」
など、ワクワクしながら様々な準備をし、待ちに待った
開業日を迎えました。
開業日を終えてもうクタクタ・・
開業日は、徹夜で商品の用意をしました。
まだ、シェフ自身も作業環境に慣れていなくて、
今よりもずっと時間がかかっていました。
特に折込チラシも入れていませんでしたし、
「ひっそりと」オープンしようと思っていました。
でも、シェフのお義父さんが知り合いの方などに色々と声を
かけて頂いていたようで、意外と多くのお客様に来店を
頂くことが出来ました。
オープンしてからは休憩する暇など全くありません。
必死でした。
あっという間にケーキは売り切れて、19時に営業終了。
でも、営業終了したと思ったらすぐに翌日の準備。。
深夜2時、3時まで仕事をし、仮眠をとり、7時には出勤
という毎日が始まります。
こんなに働いているのに給料が出ない
深夜まで働き、仮眠をとってはすぐまた仕事という毎日。
疲労困憊 とはこのことです。
しかし、さらに疲労を増す事態が起こります。
もう想像つくと思います。
という事態が起きます。
なぜ給料が出ないか?
「なぜ?」
と思いますよね。毎日朝から深夜まで働いて
忙しい毎日にもかかわらず、何で給料が出ないのか?
思い出すだけでも辛いですが・・・
オープン景気+夏へ突入
知り合いなどの来店はずっとは続きません。
「オープン景気」はあっという間に去っていきました。
来客は一気に減ります。
更に、季節は夏へと向かいます。
ケーキは夏場には需要が落ちます。
オープン景気がすぐに終わり、更に夏に向かう・・・
来客が無くても、毎日ケーキは作ります。
どんなに来客が無くて、毎日たくさんのケーキを廃棄する
ことになっても、これだけはずっと守っています。
とはいえ、心が揺らぐことはもちろんありました。
毎日、ごみ袋が本当に「重い」わけです。
私「今日もすごいゴミ袋が重い。。。」
私「あのさ、明日も出そうと思えば出せるよね?」
シェフ「うん。でも辞めよう。お客様に一番いい状態でケーキ出したいから。」
私「。。そうだね。よし!捨ててくるよ。」
シェフと夜中に毎日二人で話をしていたのを思い出します。
創業理由に立ち返る「ただ、お客様のために」
ケーキの廃棄、本当につらい毎日です。
でも、残ったケーキを翌日に出す という事は
しませんでした。
それは、創業の理由があるからです。
シェフは、街のケーキ屋さんでの勤務経験があります。
そこでは、毎日残ったケーキは普通に翌日も販売していたそうです。
焼き菓子は冷凍をし、ストックをして、販売する日に解凍をして
出す、バースデーケーキで売れ残った場合は、上の果物だけ翌朝変えて
販売する。
これが、本当に嫌だったそうです。
翌日販売したり、冷凍保存せず一番いい状態でお客様に商品を提供するお店にする!』
と決めていたそうです。
夏が終わるまでこの状況が続きました
オープン景気が『すぐに』終わり、
さらに、季節は夏へ・・・・
ということで、売上が足りず、給料が出ません。。
しかも、当時月給107,500円でした。(しかも2人で)
「バイト???」
と思ってしまうような月給ですが、その月給を支払う余裕が
ありません。
アルバイトの方への給料支払いや、その他の支払いに
充てていました。
1月に開業し、この状態が10月頃までは続きました。
別の記事でも書いていますが、独立前に手配しておいた
助成金200万円が、一番つらい時期だった6月に出ました。
「やっておいてよかったぁ」
と心の底から思いました。
『いつまで続くのか…』と考える毎日
毎日、深夜2時、3時まで仕事をし、仮眠をとり、7時から仕事をする。
でも、売れない。。。
さらに、自分の給料も出ない。。。
ケーキを毎日廃棄するの重いし、つら過ぎる。。
疲労はピーク
精神的な疲労MAX
『いつまでこの状況が続くのか‥‥』